はじめに
正直に言うと、私はキャリアの序盤、破滅的な文章を書く人間だった。誰が読むのか考えていない文章を書きまくっていた。学生時代に読書感想文のコンクールで優勝したこともなければ、文章を褒められた経験もほとんどない。それでも書き続けて、今はこうして登壇の機会をいただけるようになった。
2025年12月5日、Forkwell Communityのイベント「おい、テックブログを書け」で登壇しました。
発表資料はこちらです。
「おい、」シリーズがイベントになった
私は「おい、」シリーズというブログを書いている。元々は書籍用に書き溜めていた文章を公開する場所として始めたものだが、ありがたいことに多くの反響をいただいている。
今回のイベントは、Forkwellのかわまたさんにお誘いいただいて実現した。かわまたさんには以前も「転職したらMCPサーバーだった件」というイベントでお声がけいただいた。
貴重な登壇の機会をいただいているのにこんなことを言うのはあれだが、結構変なことをさせてくれる。変な人だ(褒めている)。自分もこれぐらいふざけた企画をできるくらい組織で信用されたい。とめちゃくちゃに思う。
こうした機会をもらえるのは、発信を続けてきたからだ。私よりエンジニアとしても語り手や書き手としても才能のある人はたくさんいる。でも、その才能を発揮せずに誰からも見つからないままでいる人も多い。
なぜ発信しないのか。まず、炎上が怖い。間違ったことを書いたら叩かれるんじゃないか。知識不足を晒して恥をかくんじゃないか。そう思うと、公開ボタンを押す手が止まる。次に、時間がない。業務が終わってから記事を書くのは大変だ。言いたいことを整理して、文章にまとめて、推敲して。そこまでの気力が残っていない日も多い。
組織の問題もある。評価制度が発信を評価しない会社では、ブログを書いても給料は上がらない。それどころか「そんな暇があったらコードを書け」と言われることもある。発信は「業務外の趣味」として扱われる。
こうした障壁は確かに存在する。でも、それらすべてを解決してから書き始める必要はない。まず書いてみることなら、今日からでもできる。炎上が怖いなら、小さな技術メモから始めればいい。時間がないなら、完璧を目指さず短い記事でいい。組織が変わらなくても、自分のブログは自分で始められる。
書き始めるとき、人は出発点ばかり気にしがちだ。「自分には文章の才能がない」「最初からうまく書ける人には敵わない」──そう思って発信をためらう人がいる。でも、書く力は後天的になんとかなる。出発点が低くても、続けていれば追いつける。追い越せることだってある。
見てくれた皆さんには、発信やアウトプットを通じて才能を発揮し、それに見合った評価や機会を得てほしい。そう思って今回の登壇資料を作った。
書くときに大切にしていること
資料では「どう書くか」の型を紹介したが、その前提にある考え方も書いておきたい。私が意識しているのは3つある。「なぜ」を問うこと、「変化」を描くこと、「ゆらぎ」を残すこと。この3つは独立しているようで、実は重なり合っているので紹介していきたい。
「なぜ」を問い続ける
単なる事実や記録ではなく、理由や背景を深掘りする姿勢が大切だ。
たとえば「Aを使った」だけでなく「なぜAを選んだのか」「なぜBではダメだったのか」を書く。読者が最も知りたいのは「なぜ」の部分だ。選択の理由を言語化することで、自分の理解も深まる。
ところが、技術ブログでありがちなのは、手順だけを淡々と書いてしまうこと。「この設定を入れます」「このコマンドを実行します」──それだけでは公式ドキュメントの劣化コピーになる。「なぜこの設定なのか」「なぜこの順番なのか」「なぜ他の方法ではダメだったのか」を書くことで、初めて読む価値が生まれる。
「なぜ?」の部分が業務事情に抵触する場合もある。具体的な数値や社内の意思決定プロセスは書けない。そういうときは、一般的な観点に置き換える工夫をすればいい。「弊社の事情で」ではなく「〇〇のようなケースでは」と書く。具体的な比較ができないなら「一般的にAとBにはこういう違いがある」と整理する。工夫次第で、機密を守りながら「なぜ」を伝える方法はいくらでもある。
「なぜ?」を問い続けると、自分の理解の浅さに気づくこともある。それでいい。書くことは、自分の理解を試す行為でもある。書けないということは、わかっていないということだ。その気づきこそが成長の起点になる。
「行動」と「変化」のあるストーリーにする
「なぜ」を問い続けていると、自然と「変化」が見えてくる。最初はこう思っていた、でも調べていくうちにこう変わった。その変化こそが、記事の核になる。
人は変化の物語に心を動かされる。問題に出会い、試行錯誤し、解決に至る。その過程で自分の理解がどう変わったか。「わからない」から「わかった」への変化こそが、読者にとって価値のある情報だ。
だから、静的な情報の羅列は退屈だ。「Kubernetesのリソース制限には以下の種類があります」と書くより、「OOMKilledで3時間溶かした。原因を調べていくうちに、リソース制限の仕組みが腹落ちした」と書く方が読まれる。同じ情報でも、変化の物語として語ることで、読者は追体験できる。
行動と変化を意識すると、自然と時系列が生まれる。最初に何を思っていたか、何をしたか、何が起きたか、どう理解が変わったか。この流れがあるだけで、記事は格段に読みやすくなる。
そして、変化には「失敗」も含まれる。むしろ失敗からの学びの方が読者には刺さる。「最初からうまくいきました」という記事より、「こう考えて失敗し、別のアプローチで解決した」という記事の方が、読者の記憶に残る。失敗を隠さず、そこから何を学んだかを書くことで、記事に深みが出る。
「気持ちのゆらぎ」を素直に残す
失敗を書くとき、その時の迷いや不安も一緒に残しておくといい。整いすぎた文章は、かえって心に響かない。なぜか。人間味が消えてしまうからだ。
「最初は〇〇だと思っていたけど、実際は違った」「正直、これでいいのか迷った」「ここは今でも自信がない」──そうした揺れを正直に書くことで、読者との距離が縮まる。完璧を装う必要はない。
技術ブログを書くとき、つい「わかっている人」として振る舞いたくなる。でも、読者が共感するのは「わかっていなかった人がわかるようになる過程」だ。迷い、間違え、遠回りした経験こそが、読者にとって価値がある。
気持ちのゆらぎを残すことには、もう1つ意味がある。後から読み返したとき、その時の自分に出会える。「あの頃はこんなことで悩んでいたのか」と思えるのは、整いすぎていない文章だからこそだ。
ゆらぎを残すことに抵抗がある人もいるだろう。弱く見えるのではないか、と。でも私の考えは違う。ゆらぎを残すことは、弱さを見せることではない。誠実さを見せることだ。
「これが正解です」と断言する記事より、「私はこう考えてこうした、でも別の方法もあるかもしれない」と書く記事の方が、読者は信頼する。技術の世界に絶対の正解は少ない。その不確かさに正直であることが、かえって記事の信頼性を高める。
おわりに
技術ブログを書くことは、自分の成長のためだ。「なぜ?」を問い続け、変化の物語として語り、気持ちのゆらぎを素直に残す。結果として、それが誰かを救うこともあるかもしれない。
私自身がそうだった。冒頭で書いたように、私は「破滅的な文章を書く人間」だった。それでも書き続けて、今がある。
苦手から逃げても、その先にあるのはまた別の苦手だ
「文章が苦手だから書かない」「人前で話すのが苦手だから発信しない」──そう言って避け続ける人は多い。気持ちはわかる。苦手なことに向き合うのは辛い。できない自分を直視するのは苦しい。
でも、逃げた先に何があるだろうか。苦手なことを避け続けても、人生から苦手がなくなるわけではない。文章から逃げれば、別の場面でまた「苦手」にぶつかる。逃げ続けた結果、選択肢がどんどん狭まっていく。気づいたときには、逃げ場すらなくなっている。
いま苦手であることと、将来成果を出せるかどうかには、おそらく何の因果関係もない。初期能力が高い人が最終的に優れた成果を出すとは限らない。むしろ、最初から得意な人は壁にぶつかったとき折れやすい。苦手だった人の方が、泥臭く続ける力を持っていたりする。
私は明らかに後者だった。最初からうまく書けたわけではない。読み返すと恥ずかしい文章をたくさん書いた。それでも書き続けた結果、今がある。出発点の低さは、到達点を決めない。
「自分探し」という名の逃避
「自分に向いていることを見つければ、苦労せずに成果が出る」──そんな幻想がある。「自分探し」という言葉は、その幻想を正当化する。本当の自分を見つければ、努力なしに輝ける場所がある。そう信じたい気持ちはわかる。
でも、多くの場合それは苦手や欠損から逃れるための言い訳でしかない。向いていないから別のことを探す。それも向いていないから、また別のことを探す。その繰り返しで時間だけが過ぎていく。
本当の自分は、探すものではない。目の前のことに向き合い、苦手なことに取り組み続ける中で、少しずつ形作られていくものだ。「これが自分だ」と思えるようになるのは、何かをやり抜いた後だ。やる前からわかるものではない。
向いていることを探すより、目の前のことに向き合う方が、よほど確実に成長できる。向いているかどうかは、やってみなければわからない。やり続けてみなければわからない。最初の苦手意識だけで判断するのは、あまりに早すぎる。
正しい方向に努力すれば、必ず上達する
とはいえ、漫然と続けるだけでは上達しない。書くことと、うまくなることは、自動的にはつながらない。
読者の反応を見る。うまい人の文章を読んで、何が違うのか考える。自分の過去記事を読み返して、恥ずかしくなる。そうやってフィードバックを受け取り、意識的に改善しようとすることで、少しずつ書けるようになる。
大事なのは、フィードバックループを回すことだ。書く→反応を見る→改善点を見つける→また書く。このサイクルを回し続ければ、必ず上達する。才能の有無ではなく、このループを回し続けられるかどうかが、成長を決める。
こう書くと「それは書けた側の言い分だ」と思う人もいるかもしれない。生存者バイアスじゃないか、と。確かにそうだ。書けなかった人の声は届かない。でも、だからこそ書けた側が伝えるしかない。書けないと思っている人、文章に自信がない人に、「それでも書ける」と伝えられるのは、同じ場所から歩いてきた人間だけだ。
だから、今日からでも始めてほしい。まずは今日学んだこと、ハマったこと、気づいたことを3行だけ書いてみる。下書きのまま放置している記事があるなら、不完全でもいいから公開してみる。完璧を待っていたら、いつまでも始まらない。苦手だと思っていることほど、始めてしまえば案外なんとかなる。
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