じゃあ、おうちで学べる

本能を呼び覚ますこのコードに、君は抗えるか

中学17年生

はじめに

気づけば「中学17年生」だ。肩書きは立派な「ソフトウェアエンジニア」「登壇者」「翻訳者」「執筆者」だが、心の奥底では未だに教室の隅っこでふざけあう中学生のような気持ちでいる。会社のIDカードをぶら下げて歩いていると、「これ、誰かの忘れ物かな?」と思うことがある。大人のコスプレが上手くなっただけで、中身はまだあの頃のまま

表向きは30歳のエンジニアでありながら、内側には未だに中学生の感性を宿している。年齢と肩書きだけが大人の証ではなく、混沌とした感情や未熟さを受け入れる勇気こそが、本当の成長の証かもしれない。教室の窓から外を眺め、「早く大人になりたい」と思っていた頃の自分に、「実はなれてないよ。でも大丈夫、みんな同じさ」と教えてあげたい。

幸せな時間はあっという間に過ぎていく。「これもいつか終わるんだろうな」と考えながら楽しいひとときを過ごすのは、30歳を前にした私のような人間の性かもしれない。常に砂時計の砂が落ちていくのを見続けているような感覚だ。過去の自分を否定せず、かといって執着もせず、ただ前を向いて歩き続ける。

大人になれば全てが分かると思っていたのに、実際は「分からないことが分かる」だけだった。誰かに言われて落ち込むというより、自分で自分にハードルを上げすぎて、それを超えられなかったときの静かな絶望感の方がはるかに大きい。完璧を目指すあまり、一歩も前に進めなくなるという皮肉。

そして「身の程」を知るようになった。自分の能力や限界への理解が深まるほど、逆に自信を持って胸を張れるようになった。ライブラリを全部理解していなくても、「今は分からないけど調べれば理解できる」という余裕が生まれた。自分の限界を知ることは、弱さではなく強さだと気づいた。

雨の日に窓辺で立ち尽くし、「早く大人になりたいな」と呟いていた中学生に言ってあげたい。「大丈夫、大人になっても同じように窓の外を眺めているよ。でも、傘を持って外に出る勇気だけは身についたかな」と。年齢は小さな枠組みで「ただの数字」だ。「30歳のエンジニアはこうあるべき」という固定観念に縛られず、自分らしいスタイルで前進していく。いくつになっても成長できると思えるようになったのは、30歳を前にした最大の収穫かもしれない

この中学17年生、すなわち30歳になろうとしているエンジニアは、まだまだ未熟だけれど、その未熟さも含めて自分自身なのだと受け入れる勇気を持ち始めている。今日も窓の外を眺めながら、雨が降っていても傘を持って一歩踏み出す。そんな日々を、中学生のような好奇心と、大人としての覚悟を持って生きていきたい。

初めてこの文章を読んでくださる方も、いつも読んでくださっている方も、お時間をいただきありがとうございます。こちらはB面シングルである。A面は「20代最後の一週間を生きるエンジニア、あるいは30歳の扉の前でうろたえる男の独白」をぜひ読んでみてください。

口太郎の焦燥

「あなたは口から生まれた口太郎」

母親からそう言われたことがある。幼稚園では隅っこで本を読む子だったが、小学生から急に喋り始め、人前で話すのが得意になった。母子家庭で暗い空気を変えたかったのかもしれない。もしくは治安の悪い小学校で生き抜く術だったのかもしれません。

朝、パーカーを着て、オフィスに向かう。「おはようございます」と言いながら不思議な感覚に襲われる。「なんで俺、ここにいるんだろう?」スタンディングデスクに向かい、MacBookを開く髭面の男。パーマヘアとサングラスの下には、実は中学生の心を隠している。

会議室で専門的な議論をする最中にも「これ、本当に俺が言ってるの?」と感じることがある。あの日、教室で絶えず喋っていた少年が、突然30代の身体に転送されたような感覚。「では○○さんはどう思いますか?」と振られた瞬間、内心は複雑だ。話す内容に本当に価値があるのか?単なる思いつきではないのか?

表面上は堂々としていても、内心では「これは個人的な経験の押し付けではないか」という自問が絶えない。N=1の経験で語ることへの後ろめたさ。もっと多くの事例、体系的な知識、裏付けのある情報に基づいて話したい。この葛藤は一時期、本当に深刻だった。登壇前夜は「俺の話に価値があるのか」と不安で眠れない。

「お前の知識は浅すぎる。もっと文献を読め。もっと体系的に理解しろ」という内なる声。深夜、PCに向かい論文や技術書を読み漁る。この知識が自分の存在証明になるような気がしていた。しかしある日気づいた。なぜこれほど「体系的な知識」にこだわるのか?それは単なる自己防衛ではないのか?

そしてまた気づいた。自分のN=1経験を否定することは、誰にでも言える一般論だけを語ることになる。N=1がなければ、本当の「血の通った知識」にはならない。文献から得た知識も、自分の経験を通して初めて命を吹き込まれる。「N=1だから価値がない」のではなく、「N=1だからこそ伝えられる真実がある」のだ。

アウトプットへの執着が、質の高いインプットを求める原動力になっていた。登壇準備では「これは他の人でも再現できるのか?」「普遍的な教訓か?」と自問自答する。そして気づいたのは、価値あるアウトプットをするためには質の高いインプットが不可欠だということ。表面的な理解だけでなく、深く掘り下げ、多角的に検証し、時に自分の考えを否定することも辞さない。

N=1の限界を認識しつつも、その価値を大切にする。自分の経験こそがリアリティを生み、他者の共感を呼ぶ。一方で、N=1を超えるため、文献を読み、他者の事例を学び、様々な理論を比較検討する。この個人的体験と普遍的知識のバランスを取りながら、インプットとアウトプットのサイクルを回し続けることで、少しずつ自信がついてきた。「これは単なる個人的な意見です」と後ろめたく断るのではなく、「この考えは自分の経験と、こういう体系に基づいています」と胸を張って言えるようになった。完璧ではなくても、N=1の経験者だからこそ語れる真実があると信じ、現時点での最善を尽くすことの大切さを学んだ。

それでも言葉が伝わらない日もある。説明すればするほど相手の表情が曇り、終わった後の虚無感。そんな日は電車の窓に映る自分を見て「お前、何様のつもりだ」と責める。その窓に映る自分は、かつての父親に重なる。見た目は大人になったが、中身は「テスト返却、やばい...」と思う少年のまま。それでも今日も本を開き、情報を集める。自分のN=1を大切にしながら、それを超える知識を求め続ける。それが、口太郎としての責任の果たし方なのだ。

ふーん、ムッチじゃん

三十路の入り口に立って思うのは、自分の知識はまだほんの入り口だということ。10代の頃は「自分はほとんど全てを知っている」と思い、20代で「自分は何も知らない」と気づき、30手前で「何も知らないことすら完全には理解していない」という事実に辿り着いた。でも、これは悪いことじゃない。この「無知の知」こそが学びの始まりだ。

30歳という節目を前に、不思議な安心感がある。以前は「知らない」と認めることが弱みを晒すように感じていた。しかし今では、知らないことを素直に認め、学び続ける姿勢こそが強さだと気づいた。成長とは、わからないことが増えていく過程でもあるのだ。

人生の解像度が上がってきた。初めて眼鏡をかけたような感覚だ。以前は見えなかった細部、気づかなかった背景、関連性が鮮明に浮かび上がる。かつての私は「この不具合はこのコードが原因だ」と表層的な事実に振り回され、問題を「解決すること」だけに価値を見出していた。機能するコードを書けば満足していた。しかし30歳に近づくにつれ、「なぜこのバグが発生したのか」「どんな思考プロセスがこの決断を導いたのか」という問いに関心が移ってきたのだ。

解像度が上がると自分の限界も他者の弱さも鮮明に見えてくる。できると思っていたことができない自分、理解していると思っていたことが理解できない自分に直面する。同僚のコードレビューで見落としがあれば自己嫌悪に陥り、技術書を読んでも理解できない箇所があれば絶望する。同時に、かつては完璧だと思っていた上司にも弱さがあることに気づく。「みんな同じなんだ」という気づきは、時に励みになり、時に孤独を感じさせる。誰もが不安や焦り、コンプレックスを抱えているのだ。

人の言動にも多角的な視点を持つようになった。同僚の一言に腹を立てる代わりに、なぜその言葉が出てきたのか、どんな背景があるのかを考えるようになった。そんな自分を周囲は「考えすぎだよ」と笑うこともある。

確かに物事を複雑に考えすぎる一方で、新しい技術に出会うと少年のように純粋に熱中する自分もいる。最新ライブラリを発見して「うおおこれヤバい!」と一人テンションが上がる姿は、中学生と何も変わらない。この相反する二面性を、どちらも大切にしていきたいと思う。

時々、深い孤独に襲われる。技術的な話をしていても「この人、本当はわかってないな」と感じたり、逆に「自分こそが理解できていないのでは」と不安になったりする。言葉は伝わっているようで、本当は伝わっていない。そんな夜は、パソコンの前で一人、沈黙の中に沈む。

人生の解像度が上がるとは、世界をより鮮明に、立体的に、繊細に感じられるようになること。複雑さを恐れず、その豊かさを楽しめるようになること。シンプルさの中にある深い真理を見抜けるようになること。この視点の成熟こそが、30歳を前にした最大の収穫だと思う。この好奇心と探求心は、ずっと失わないでいたい。

努力の質を高める戦略的サボり方のススメ

子供の頃や20代前半は何事もがむしゃらにやってきた。とにかく時間をかけて、労力をかけて、血反吐を吐くほど頑張ることが美徳だと信じていた。しかし30歳を前にして、ようやく「サボり方」の本質を理解した。やるべきことの絶対的な量を減らすのではなくて、得意なことをより頑張るためにそうじゃないことをやらないことである。

振り返れば、私が過剰に努力してきた背景には経験不足へのコンプレックスがあった。「努力で他の人に負けたくない」という思いが、自分を追い込む原動力だった。通勤電車でも技術記事を読み、休日も勉強会に参加し、寝る前もコードを書く。そんな日々が当たり前になっていた。

以前の私は、プロジェクトの全てに関わろうとしていた。本来の開発業務だけでなく、新卒採用活動、社内勉強会の企画・運営、技術ドキュメント整備、翻訳、執筆、登壇準備まで次々と引き受けた。結果、Todo リストは膨れ上がり、何から手をつければいいのか分からなくなった。抱え込みすぎて身動きが取れなくなり、どの成果物も中途半端になり、最終的には時間も質も犠牲になった。

ある日の内省で気づいたのは、「開発以外の仕事もすべて引き受ける」という強迫観念は美徳ではなく、生産性を下げる要因だということ。今は違う。「これは他の人に任せよう」「この会議は本当に私が出席すべきか」と常に問いかける。自分にとって本質的でないことを手放すことで、核心的な部分により深く集中できるようになった。これが「サボり」という名の知恵の正体だ。

「推論能力が高い人は、生まれつきの才能だ」と思っていた時期もあった。しかし現実は異なる。人が「思考力」と呼ぶものの正体は、過去に勉強したり経験したりして蓄積した膨大な記憶の集合体だ。「才能だけで勝負できたらいいのに」という願望は、「努力せずに結果を出したい」という甘えに過ぎない。

若かった頃は「努力の量=成果」という単純な方程式を信じていた。しかし実際は、あるポイントを超えると努力の量は結果に結びつかず、むしろパフォーマンスを低下させる。24時間コードを書き続けても、24時間分の価値は生まれない。8時間集中して働き、残りの時間は休息や刺激を得る方が生産性は高まる。今は「直線的な成果」より「累積的な成果」を重視する。一度の努力が何度も実を結ぶシステムを作ることの価値を知った。

「楽をするのは悪いことだ」という思い込みを捨て、「どうやったらもっと楽になるか?」を常に考えるようになった。これはずるくなったのではなく、より賢く生きるための知恵だ。

今でも時々、深夜まで技術書を読む自分がいる。違いは、それが強迫観念からではなく、純粋な好奇心から生まれていることと、「今日はここまで」と自分で線引きできるようになったこと。経験不足へのコンプレックスを糧にして前に進む方法を見つけた。適切にサボりながらマルチタスクは避け、深い思考力を養いつつ、累積的な成果を上げる方法を模索することが何より大切だと気づいた。これが30歳を前にした私が見つけた、努力の質を高める戦略だ。

大人の責任と子供の好奇心のバランス

年齢を重ねるごとに、肩に背負うものは確実に増えていく。責任という名の荷物は年々重くなる一方だ。給料は責任に支払われる。プロジェクトの成否、周りの成長、自分のキャリア——すべてが自分の決断にかかっている。「昨日の自分の選択が今日の現実を作っている」と痛感する日々。もはや「環境のせい」という言い訳は通用しない。

そんな中で気づいたのは、「責任ある大人」と「好奇心旺盛な子供」という二つの側面を持ち続けることが、私の心のバランスを保っていることだ。これは矛盾ではなく、むしろ相互補完的な関係なのだと分かってきた。重みばかりを背負えば疲弊し、軽やかさだけを求めれば空虚になる。

しかし、この二面性はコンプレックスによってさらに複雑になる。「もっとできるはずなのに」という自己期待と「周りと比べて足りない」という不安が交錯する。リリース前日の緊張感、大規模なリファクタリングの決断、若手への指導…。「間違ったらどうしよう」という恐怖と同時に、「自分にできるのか」という疑念が常につきまとう。責任を果たそうとすればするほど、コンプレックスが膨らんでいく皮肉。

20代前半は「エンジニアとしてこうあるべき」という理想に縛られていた。流行りのフレームワークを追いかけ、GitHubの草を生やすことに躍起になっていた。SNSでは皆が凄いプロジェクトを作っている。オープンソースに貢献し、技術書を書き、登壇する。そんな人たちと比べて、自分は何もできていない——そんな劣等感に苛まれていた。技術の話で分からないことがあっても、怖かったのだ、無知を晒すことが。

しかし30歳に近づく今、そんな見栄や焦りが少しずつ剥がれ落ちてきた。世界最高のプログラマーになる必要はない。自分にしかできないことを見つけ、それを磨いていけばいい。「これが今の自分のベストだ」と受け入れられるようになった。

時に内なる声が聞こえてくる。「お前みたいに登壇ばかりしているのは、結局技術から逃げているだけだ」と。それは自分の中の「技術至上主義者」の声だ。すると別の声が反論する。「技術ブログも書いているし、普通にコードも書いている技術顧問として仕事もしているし、OSSも公開している。なぜ自分を否定するんだ」と。この内なる対話は終わりがない。表面上は微笑みながらも、心の中では「10年後、お前はどんな場所にいるだろう」という問いを抱え続けている。

コンプレックスを抱えながらも、それを力に変えていく。好奇心は新しい技術への情熱として、責任感は仕事への真摯な姿勢として。この二つが時に矛盾し、時に補完し合いながら、私というエンジニアを形作っている。完璧主義のコンプレックスは、時に自分を追い詰めるが、それが高い基準を保つ原動力にもなる。大切なのは、それに押しつぶされないことだ。

経験を重ねるにつれ、未熟な自分の使い方が分かってきた。自分の得意不得意を理解し、ほどよく力の抜けた自分なりのリズムを見つけられるようになった。以前のような「完璧なコード」への執着から解放され、「適切に機能するコード」「メンテナンスしやすいコード」という現実的な価値観へとシフトした。

20歳の頃は周りの「すごい人たち」に圧倒されていた。それと比べて30歳を前にした今は、不思議と清々しい気持ちでいる。「完璧なエンジニア」を目指すのではなく、「自分らしいエンジニア」として歩んでいこうという気持ちが強くなった。大人の責任感と子供の好奇心、そして自分特有のコンプレックス。この複雑な混合物を抱えながらも、それを自分の個性として受け入れていく。これが私の見つけた、エンジニアとしてのバランスの取り方だ。

いつかは終わるものをちゃんと楽しむ

幸せな時間はあっという間に過ぎていく。楽しいプロジェクト、友人との語らい、恋の始まり——すべての良いことにはいつか終わりが来る。「これもいつか終わるんだろうな」と考えながら楽しいひとときを過ごすのは、30歳を前にした私のような人間の性かもしれない。常に砂時計の砂が落ちていくのを見続けているような感覚だ。

時間の流れは誰にも平等だ。しかし、その時間をどう感じるかは人それぞれ。『これもいつか終わるんだろうな』と思いながらも、今この瞬間を大切にする。過去の自分を否定せず、かといって執着もせず、ただ前を向いて歩き続ける。砂時計を眺めながらも、その砂で自分だけの城を築いていく。それが生きることの楽しさなのかもしれない。

自分の期待に応えられなかった記憶が心に残る。自分で自分にハードルを上げすぎて、それを超えられなかった日々。プロジェクトでの小さなミス、チームでの意見の違い——これらの記憶はなかなか消えない。20代の頃は自分で設定した完璧な基準に届かないことが全てを台無しにするように思えた。しかし今では、それらも人生のグラデーションとして受け入れられるようになった。理想と現実の間にある溝を認め、それでも前に進む勇気が身についた。

完璧主義との戦いは今も続いている。コードを書いていて「もっと美しく書けるはず」と何度も書き直す。技術記事を書いたり、読んで「全部理解していないからと次に進めない」と足踏みする。誰からも期待されていないのに、自分だけが自分に無理な期待をかける。この自分との対話は、時に建設的で、時に破壊的だ。

他人に期待しすぎない術は身についたが、自分に期待しすぎない術はまだ修行中だ。かつては「なぜ自分はもっとできないのか」と悩んでいた。しかし徐々に、人間には限界があり、すべてを完璧にこなすことは不可能だと受け入れられるようになってきた。自分への期待を下げるのではなく、不完全な自分を認めることで、むしろ心は軽くなった

そして「身の程」を知るようになった。自分の能力や限界への理解が深まるほど、逆に自信を持って胸を張れるようになった。ライブラリを全部理解していなくても、「今は分からないけど調べれば理解できる」という余裕が生まれた。「これはできない」と正直に認めることで、逆に「これならできる」という自信も育つ。自分の限界を知ることは、弱さではなく強さだと気づいた。

特に痛感したのは、技術書の「全て」を理解しようとしていた自分の滑稽さだ。分からないページがあると先に進めず、一冊を完璧にマスターしようとして、結局最後まで読めずに挫折することの繰り返し。今なら分かる、必要なところだけを取り入れ、分からないところはいったん保留にして前に進む勇気の大切さを。完璧を目指すあまり、一歩も前に進めなくなるという皮肉。

それでも、あの頃の完璧主義が今の技術力の土台を作ったことも確かだ。一つの概念を深く掘り下げ、原理から理解しようとする姿勢。簡単に諦めず、分からないところに何度も立ち返る粘り強さ。非効率だったかもしれないが、その過程で築いた基礎知識と思考の筋力は、今でも私の強みになっている。効率だけを求めていたら、得られなかった深い理解がある。今の「適切なバランス」は、あの頃の遠回りがあったからこそ見つけられたのだ。

「大人げない」と言われるのは大人だけだ。だからこそ、時には子供のように新しい技術に夢中になり、全力でコードを書くことも恥ずかしくない。新しいフレームワークを発見して「うおおこれヤバい!」と興奮することも、バグを解決して「よっしゃー!」と雄叫びを上げることも、大切な感情表現だ。感情を抑え込むことが「大人」ではなく、感情と向き合いながらも行動を選択できることが本当の意味での「大人」なのだと分かった。

年齢は「小さな枠組み」で「ただの数字」だ。「30歳のエンジニアはこうあるべき」という固定観念に縛られず、自分らしいスタイルで前進していく。若手にもベテランにも学び、「経験が少ない」とも「古い考え方だ」とも思われることを恐れない。いくつになっても成長できると思えるようになったのは、30歳を前にした最大の収穫かもしれない。最も大切なのは、完璧を目指しながらも今この瞬間を楽しむこと。自分で自分を追い詰めるのではなく、時には立ち止まって今日までの道のりを振り返る。砂時計の砂は確実に落ちていくが、だからこそ今この瞬間が尊い

田舎者が見上げる東京の空

九州の片田舎から都会へ—その落差は今でも時々現実感を失わせる。自分が歩む道が本当に現実なのか、何かの間違いなのか分からなくなることがある。

高校卒業まで過ごした街では、夜になると街灯も少なく、「あそこの交差点では夜一人で歩くな」という暗黙のルールがあった。コンビニまで自転車で20分、映画館は隣の市まで行かねばならない。そんな場所から、突然、光り輝く迷路のような大都会へ放り出された感覚。最初の数ヶ月は毎日が観光気分だった。

今では高層ビルのエレベーターで何十階も上がり、窓の外に街を一望できる。駅から会社までの道には世界中の料理が楽しめる店が軒を連ね、夜遅くなっても電車は頻繁に走る。この便利さに未だに慣れない自分がいる。

「俺みたいな田舎者がなぜここにいるんだろう」—そう思うことがある。祖父からの電話で「都会は怖くないかい?」と聞かれると、半分笑いながら「うん、まだちょっと怖いよ」と答えてしまう。歩く人の目の冷たさ、文化や人の違い、もしくは自分がおじさんになってこの世の全員が冷たくなったのかもしれない。

時々、自分が自分ではないような感覚に襲われる。駅のホームで電車を待っていたり、エレベーターの鏡に映る自分を見たりした時に、「この人は誰だろう?」と思う瞬間がある。

それでも最近は変わってきた。かつては圧倒されるばかりだった都会の風景を、自分の可能性として捉えられるようになった。高層ビル群を見上げて「ここまで伸びる可能性が自分にもある」と思えるようになった。多様な価値観や文化に触れ、視野も広がった。

おわりに

中学17年生である自分。まだまだ成長の余地だらけの自分。それを恥じるのではなく、誇らしく思えるようになった。30歳という節目を迎え振り返ると、「まだ何も始まっていない」という気もする。これからが本番だとも思う。

中学17年生としての感性と、30歳のエンジニアとしての経験。矛盾するこの二つの側面が、私という人間を形作っている。大人の顔を持つ中学生も、子供心を忘れない大人も、どちらも本当の私自身だ。複雑で矛盾に満ちた自分をそのまま受け入れ、それを誇りに思える。それこそが、いつまでも成長し続けるための原動力になる。

大人になって自分のできないことを目の当たりにして歯がゆさを感じる。「もっと早くこれを知っていれば」と悔やむこともある。でも見方を変えれば、それだけ伸びしろがあるということだ。何でも知っていて、何でもできる人間なんて、それはそれで退屈な人生だろう。常に新しい課題に挑戦し、失敗し、学び続けることこそが、人生を豊かにする。

砂時計の砂は上から下に確実に落ちていく。だからこそ、「これもいつか終わるんだろうな」と考えながらも、今この瞬間を大切にしたい。過去の自分を否定せず、執着もせず、前を向いて歩き続ける。「身の程」を知りながらも、少しずつ自分の領域を広げていく。完璧を目指すあまり一歩も前に進めなくなるのではなく、時には「これで十分」と自分を許せる強さも身につけたい。

この文章を書いている今も、不安でいっぱいだ。「こんなことを書いて、見られたら恥ずかしい」「こんな風に悩む自分は、弱すぎるんじゃないか」「30歳になっても中学生みたいな考え方をする自分は、ダメなんじゃないか」。そんな声が頭の中でぐるぐる回っている。けれど、そんな弱さも含めて自分なのだと認められるようになってきた。自分との対話も、少しずつ優しいものに変えていきたい。

誰かの役に立とうと頑張りすぎて、自分を見失うことも多かった。「良いエンジニア」「良いサラリーマン」であろうとして、本当の気持ちを押し殺してきた。これからは、もう少し素直に、もう少し自分に優しく生きていきたい。「今は分からないけど調べれば理解できる」という余裕を持ちながら、自分のペースで技術を深めていきたい。

年齢は「小さな枠組み」で「ただの数字」だ。「30歳のエンジニアはこうあるべき」という固定観念に縛られず、自分らしいスタイルで前進していく。大人のコスプレが上手くなっただけの中学生。それは決して恥ずべきことではない。むしろ、その感覚を大切にしたい。中学生の頃に見上げた空と、今見上げる空は同じなのだから。

感情を抑え込むことが「大人」ではなく、感情と向き合いながらも行動を選択できることが本当の意味での「大人」だと分かった。まだまだ成長の余地だらけの自分が晴れやかに歩いていく。ときにはつまずき、立ち止まることもあるだろう。それでも前を向いて、自分らしく生きていく。それが私の「大人になる」ということだ。

どんなに時間が経っても、「早く大人になりたいな」と呟いていた中学生の気持ちを忘れないでいたい。ただし今は、「傘を持って外に出る勇気」も持っている。どしゃ降りの雨の中でも、自分の道を歩いていこう。


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