はじめに
前回、「NeovimをCursorのように進化させる - yetone/avante.nvim の導入」を書いた。あの記事では、まるで自分だけの剣を鍛え上げていくように、エディターと共に成長していくPDEの哲学について語った。
あれから数ヶ月、私のNeovimはavante.nvimによってCursor + Roo-Codeライクな体験を手に入れ、PDEとしてさらなる進化を遂げた。
しかし、告白しなければならないことがある。vimmerを自称しながら、実は日常的にCursorを使っていた。この矛盾と向き合う時が来た。
そして先週の土曜日、私はClaude Codeを使い始めた。今日で1週間。短い期間だが、これが私のPDEに新たな可能性をもたらすことを確信している。そして、Cursor のサブスクを解約してClaude をMAX Planにした。
私は、Claude Code を利用しようと思っているのでvimmer が住む村に帰ろうと思います。一旦、お別れです。 pic.twitter.com/Is5fAUD5hI
— nwiizo (@nwiizo) 2025年5月29日
「いいえ、Neovimはもっと強くなれます」
前回からの旅路:PDEという哲学
前回の記事で、私はこう書いた:
Neovimの最大の魅力は、その圧倒的なカスタマイズ性。それは単なるIDE(統合開発環境)ではなく、PDE(Personal Development Environment:個人開発環境)とも呼べる存在です。
この言葉は、今思えば預言的だった。PDEという概念は、単にツールをカスタマイズすることではない。それは、開発者が自分自身の思考プロセスと一体化したツールを作り上げることだ。まるで自分だけの剣を鍛え上げていくように、エディターと共に成長していく。
そして今、私は気づいた。PDEとは、一人で剣の丘で鉄を鍛つような孤独で崇高な作業なのだと。誰かが用意した完成品ではなく、自分の手で、自分のために、一つ一つ形作っていくもの。
avante.nvimは、その第一歩だった。しかし、6ヶ月間Cursor + Roo-Codeを使い込んだことで、私は逆説的にPDEの価値を理解した。Cursor + Roo-Codeは確かに完成度の高い「製品」だ。しかし、私が求めていたのは「作品」—自分の手で育てていけるものだった。実際には育ててなくても育てている感覚があるものだ。
正直に告白しよう。vimmerを自称しながらも、実は各所でCursor + Roo-Codeを使っていた。クライアントワークでは生産性を優先してCursor、個人プロジェクトではNeovim。そんな二重生活を送っていた。この矛盾に、私自身も気づいていた。
なぜ今、Claude Codeなのか
正直に言えば、Claude Codeを使い始めた最大の理由は、Claude Opus 4がリリースされたからだ。最新にして最強のモデル。その能力を、私の愛するターミナル環境で直接使えるなんて—これは試さずにはいられなかった。
しかし、それだけではない。Claude Codeが掲げる「Terminal Velocity」という概念に、私は強く惹かれた。
考えてみてほしい。私たちvimmerは、なぜターミナルから離れないのか?それは、思考の流れを断ち切りたくないからだ。GUIアプリケーションへの切り替え、マウスへの手の移動、異なるUIパラダイムへの適応—これらすべてが、私たちの集中を妨げる。Claude Codeは、その問題を根本から解決する。「コンテキストスイッチをゼロにする」—これは、PDEの究極の形かもしれない。
そしてもう一つ、個人的に重要だったのがMAX Planという料金体系だ。トークン数無制限。これは貧乏性の私にとって革命的だった。Cursorでは常に「今月あとどれくらい使えるか」を気にしていた。コーディングエージェントでコードを書く前に「これ、AIに聞くほどの価値があるかな?」と躊躇する。そんな心理的ブレーキが、創造性を阻害していたことに気づいた。
MAX Planは、その制限から私を解放してくれた。思考のままに、遠慮なくAIと対話できる。まるで無限のメモ帳を手に入れたような感覚だ。「トークンがもったいない」という貧乏性マインドから解放されて初めて、本当の意味でAIとの協働が始まる。これこそが、私のメンタルモデルと完璧に合致した。
先週土曜日から使い始めて、まだ1週間。しかし、その短い期間でも、Claude Codeの持つ独特の「控えめな賢さ」に魅了された。Roo-Codeのような積極性はない。しかし、それがかえって心地よい。必要な時に、必要なだけ、的確な支援をしてくれる。Claude Opus 4の高い理解力が、控えめながらも的確なアドバイスを可能にしているのだろう。
そして何より、もうトークン数を気にする必要がない。深夜のコーディングセッションで「あと何回質問できるかな...」と計算する必要もない。この精神的な自由度が、私の開発スタイルを根本から変えつつある。
Cursor + Roo-Codeへの敬意、そして決別
誤解しないでほしい。私はCursor + Roo-Codeを否定したいわけではない。実際、この6ヶ月間、私は久しぶりにVSCodeベースのCursorをメインエディタとして使い込んだ。そしてそれは、驚くほど素晴らしい体験だった。
特にRoo-Codeとの組み合わせで実感したのは、これは単にAIモデルを統合しただけのツールではないということだ。それは開発体験そのものが根本的に違う。
考えてみてほしい。従来の開発では、私たちは一つのファイルを開き、一行ずつコードを書いていた。しかしCursor + Roo-Codeの世界では、コードベース全体が一つの有機体として扱われる。「このコンポーネントをリファクタリングして」と言えば、関連する全てのファイルが瞬時に更新される。「このテストを追加して」と言えば、適切なディレクトリに適切な形式でテストが生成される。
さらに驚くべきは、Roo-Codeが持つ「意図の理解」だ。曖昧な指示でも、プロジェクトの文脈を読み取り、開発者が本当に必要としているものを推測して提案してくる。それは、経験豊富な同僚とペアプログラミングをしているような感覚だった。
これは単なる効率化ではない。これは開発の概念そのものの再定義だった。正直に言えば、これほど生産的な6ヶ月は久しぶりだった。前回の記事でavante.nvimを導入したのも、このCursor + Roo-Codeの革新的な開発体験に触発されたからこそだった。
6ヶ月のCursor + Roo-Code体験は、確かに私の開発スタイルを変えた。Tab補完を超えた、AIペアプログラミング。しかし同時に、ある種の違和感も育っていった。それは、自分がコードを「書いている」のか「選んでいる」のか、境界が曖昧になる感覚だった。
そして、もう一つの違和感。朝はNeovimで始めたはずが、気がつけばCursorを開いている。締切が迫ると、つい効率的な方を選んでしまう。vimmerとしてのアイデンティティが揺らいでいた。この6ヶ月は、技術的な進歩と同時に、自分自身との葛藤の期間でもあった。
Roo-Codeが見せてくれた「開発体験の違い」は革新的だった。しかし、それゆえに気づいたことがある。開発者として長年培ってきた直感が教えてくれる。私たちには「まだ形になっていないアイデアを、コードという形で具現化する」という独特の能力がある。AIはコードを生成できる。しかし、なぜそのコードが必要なのか、それが解決すべき本質的な問題は何かを理解することはできない。
そして今、6ヶ月の濃密な体験を経て、私は確信を持って言える—Cursor + Roo-Codeは素晴らしい。その組み合わせは革命的だ。しかし、私にはPDEとしてのNeovimがある。それは単なるエディタではなく、私の思考の延長線上にある道具なのだ。
PDEの完成形を目指して
しかし、正直に言えば、この6ヶ月はNeovimとCursorの間で揺れ動いていた。月曜の朝は「今週こそNeovimで」と決意するも、水曜には締切に追われてCursorを開く。金曜には罪悪感を感じながらも、Roo-Codeの生産性に頼っていた。vimmerとしての矜持はどこへ行ったのか。
だが、この葛藤の中で私は気づいた。PDEとは、単に優れたツールを集めることではない。それは、自分の開発哲学と完全に一致した環境を構築することだ。そして今、NeovimコミュニティはAI時代に適応し、驚くべき進化を遂げている。以下に紹介する3つのプラグインは、その進化の最前線にある。
yetone/avante.nvim - 前回の記事で導入したこのプラグインは、Cursor AI IDEの体験をNeovimで完璧に再現する。サイドバーでのAI対話、差分の視覚的表示、ワンクリックでのコード適用など、Cursor + Roo-Codeユーザーが慣れ親しんだ機能をすべて提供する。しかし、それだけではない。Neovimのモーダル編集と完全に統合されているため、思考の流れを妨げることなくAIとの対話を行える。
ravitemer/mcphub.nvim - AnthropicのModel Context Protocol (MCP)をNeovimに統合する革新的なプラグイン。MCPサーバーの集中管理により、AIが外部ツールやデータソースにシームレスにアクセスできるようになる。データベースへの直接クエリ、ファイルシステムの操作、外部APIとの連携—これらすべてがNeovimの中で完結する。これこそが、未来のAI開発環境の標準となるだろう。こちらでMCP経由でもclaude-codeを利用している。
greggh/claude-code.nvim - Claude Code CLIとNeovimを完全に融合させる野心的なプロジェクト。ターミナル内でClaude Opus 4を含む最新モデルの全能力を解き放ち、まさに「Terminal Velocity」を体現する。:ClaudeCodeコマンド一つで、現在のバッファやプロジェクト全体のコンテキストを理解した上で、最適な提案を行ってくれる。これは単なるプラグインではない—開発体験の再定義だ。
これらのツールを組み合わせることで、私のNeovimは単なるテキストエディタから、真のAI統合開発環境へと進化した。もはやCursorを羨む必要はない。むしろ、より深く、より個人的な形でAIと協働できる環境が、ここにある。
PDEという哲学の深化
PDEとは何か。それは、開発者の思考パターンとツールが完全に一体化した環境だ。前回の記事で初めてこの概念を提示したが、6ヶ月の実践を経て、その意味がより深く理解できるようになった。
筆者は専門家ではないため、あくまで個人的な経験に基づく話として聞いていただきたいが、優れたPDEには以下の特徴がある:
- 思考の流れを妨げない:Warp + Neovim + Claude Codeの組み合わせ
- 拡張可能性:新しいツールを取り込める柔軟性
- 個人の哲学の反映:設定ファイルという形での思想の具現化
私の~/.config/nvim/lua/plugins/init.luaは、単なる設定ファイルではない。これは私の開発思想の結晶だ。Lazy.nvimを通じて管理されるプラグインの一つ一つが、私の開発哲学を体現している。Cursor + Roo-Codeの体験を経て、その設定はさらに洗練された。
そして何より、PDEの構築は一人で剣の丘で鉄を鍛つ行為に似ている。誰も代わりにはできない。自分の手で、自分のために、ひたすら打ち続ける。時に孤独で、時に苦しい。しかし、その先に待っているのは、自分だけの、世界に一つだけの剣だ。
Cursor + Roo-Codeが示してくれた新しい開発体験は、確かに革新的だった。しかし、それらは「完成品」だ。一方、PDEとしてのNeovimは「進化し続ける生き物」のようなものだ。私の成長と共に、私の理解と共に、そして私の哲学と共に変化していく。
この1週間、Claude Codeを使いながら感じたのは、「これこそが私の求めていたAIとの距離感だ」ということだった。過度に依存せず、しかし必要な時には頼れる。まさに理想的なパートナーシップだ。
そして何より、もう環境を使い分ける必要がない。朝から晩まで、クライアントワークも個人プロジェクトも、すべてを私のPDEで完結できる。この統一感が、開発者としての一貫性を取り戻してくれた。
おわりに
前回の記事から始まった旅は、今、新たな段階に入った。avante.nvimで手に入れたCursor + Roo-Codeライクな体験に、Claude Codeの「Terminal Velocity」が加わることで、私のPDEは更に進化した。
興味深いのは、最先端を追求した結果、最も原始的なツール—ターミナルとテキストエディタ—に戻ってきたことだ。しかし、これは後退ではない。これは螺旋的な進化だ。
AIとの協働が当たり前になる時代において、私たちに必要なのは、AIとの適切な距離感を保ちながら、共に新たな地平を切り開いていく勇気かもしれない。そして、その第一歩が、自分のPDEを完成させることなのだ。
Cursor + Roo-Codeが示してくれた新しい開発体験は、確かに未来の一つの形だ。しかし、それが唯一の答えではない。私たちには、自分自身の開発哲学に基づいて、自分だけの環境を構築する自由がある。
「いいえ、Neovimはもっと強くなれます」—この言葉は、単なる願望ではない。それは、PDEという哲学を持つ私たちvimmerの確信なのだ。
そして今、Claude Codeの登場により、私はついに二重生活から解放される。もうクライアントワークでCursor、個人でNeovimという使い分けをする必要はない。私のPDEが、すべての開発シーンで通用する強さを手に入れたのだから。
そして、PDEの構築とは、一人で剣の丘で鉄を鍛つような営みだ。誰かが用意した剣ではなく、自分の手で打ち、自分の手で研ぎ、自分だけの刃を作り上げる。その過程こそが、私たちを真の開発者にするのかもしれない。
この記事を書いている間、私はWarpターミナル上でNeovimとClaude Codeを行き来している。前回のavante.nvim導入から数ヶ月、そして Claude Code導入から1週間。私のPDEは確実に進化した。Lazy.nvimの設定ファイルは公開しているので、興味があれば参考にしてほしい。
「Terminal Velocity」を「ターミナルベロシティ」とカタカナ表記したのは、この概念の持つ物理学的な含意—終端速度、つまり最高効率—を日本語でも感じてもらいたかったからだ。
「Cursor + Roo-Codeのサブスクリプションを払い続けるか、vimの学習コストを払うか」—これは単なる経済的判断ではない。私たちが開発という行為にどう向き合うか、そしてPDEという哲学をどこまで追求するかという、実存的な選択なのかもしれない。
6ヶ月のCursor + Roo-Code体験は本当に素晴らしかった。特にRoo-Codeが示してくれた「開発体験の違い」は、私の開発観を根本から変えた。もしあなたがまだ試していないなら、一度は体験する価値がある。その上で、自分にとっての最適な開発環境を選ぶべきだ。私にとって、それはPDEとしてのNeovimだった。
この二重生活は疲れるものだった。.vimrcと.vscode/settings.jsonを行き来し、キーバインドの違いに戸惑い、どちらが本当の自分なのか分からなくなることもあった。しかし、その経験があったからこそ、今の決断に至ることができた。
あなたも、vimmer村への帰郷を考えてみてはどうだろうか。Claude Codeという新しい仲間と共に、自分だけのPDEを完成させるために。VimConf 2025 Smallにも行こうかな…。今度こそ、胸を張って「私はvimmerです(え、Neovim ですよね?)」と言えるように。
